『板垣恵介の格闘士烈伝』

板垣恵介・著
定価1,400円+税
徳間書店 (TEL:03-3573-0111)
 

《そしてその生命体は超絶な力に裏打ちされている。
例えば、八巻建志。95年のこと、俺は彼の蹴るミットを持つ機会があったんだ。あの踵落としってやつ。俺は分かってなかったね、現役極真世界王者の蹴りの威力を。それこそ、蹴りの軌道の延長線上にある体が、蹴りの入った角度でグシャッと潰されてしまったのが分かるんだ。昔、引越しのバイトをやっていたときに冷蔵庫が倒れてきたのを思い出したよ。いや、倒れてきたなんてかわいいもんじゃない。冷蔵庫を二階から落とされたようなもんだ。八巻の蹴りには、それに匹敵するほどの衝撃が感じられた。》
これは本書のプロローグの一節を抜粋したものだが、この表現を見ただけでも彼の強さへの憧れが滲み出ている。さらに彼の格闘技に対する想いと位置を知る上で、以下に目次を列挙しよう。
[プロローグ]人として生まれ 男として生まれたからには 誰だって一度は最強を志す
[第1章]どきなよ、チビ!
[第2章]女 子供でも 大の男にケンカで勝ち得る これがそもそもの空手術だ
[第3章]踊りじゃないぞッ
[第4章]ワルいけど ボクシングは格闘技として あまりにも不完全すぎる
[第5章]キサマ等のいる場所は既に 我々が2000年前に 通過した場所だッッッ
[第6章]しょせんは スポーツ・マンじゃのう!
[第7章]行住坐臥すべて闘い
[第8章]どーせやるンなら 真剣やろうよ!!
[エピローグ]俺がやってきた修行の全ては そう……!! 兄さん!! あなたを超えるためだった!!
[あとがき]世界最強って、あんなにまでして欲しいものなの
最近漫画をほとんど読まなくなった私は、送られてきた本書を見て初めて彼が『バキ』や『餓狼伝』を書いている漫画家だと知った。
その分余計な先入観が無く読めたが、最初は小林よしのり風の言い回しにイラついた。また、プロレスから出発した多くの格闘技ファンに見られる幻想や格闘技感のズレ等々馴染めないところがあったが、読み進むうちに彼の宇宙に引き込まれていった。
それは男なら誰もが幼い頃から思い描いたであろう“最強への道”を、自己の体験を交えながら綴っているからだ。無論、私との格闘技に対する位置の違いや武術への想いの差異からくる違和感を常に伴ってはいたが、少なくとも彼の想いは読者にストレートに伝わるに違いない。
読み終えて、こういう見方、考え方もあるんだな、と了解することが出来た。また最近、格闘技マスコミでもてはやされているプロ格闘技に馴染めない私にとっては、己れの武に対する位置や原点を再考する上で、大いに刺激を受けた一冊と言える。
《村田英次郎–俺はあなたを忘れない
具志堅用高、渡辺二郎、この二人が実力的には、日本人で最も強いボクサーだったんじゃないかな。強さでいえば。
素質で言ったら、つい先日引退した辰吉丈一郎が近年ではダントツだろう。しかし、俺は残念ながら、彼に心の強さを感じることはなかったんだ。
心に残っている選手なら、相手の足にしがみついてまでダウンを耐えた輪島功一と、鮮烈な印象だけを残して去っていった大場政夫。そして……、村田英次郎。
世界王座に4度挑戦したのかな。その時代を代表するバンタム級王者、ルペ・ピントールとジェフ・チャンドラーに挑戦し、2回連続引き分け。
このときばかりは、なぜ地元判定がないんだと憤慨した。あの2試合は、村田が勝っていたといっても、誰も文句を言わなかったに決まっている。
ピントールなんて、あのカルロス・サラテを破ったチャンピオンだよ。
村田英次郎、なんでお前が世界チャンピオンになれなかったんだ。彼より、ボクサーとしての実力、完成度とも劣る者でも、世界チャンピオンの座を射止めた選手は、いくらでも存在する。
その多くのチャンピオンより、村田英次郎はチャンピオンに相応しい男だった。ボクサーとしての完成度は、ついさっき褒め称えたロイヤル小林より、全く上だ。
外見はぜんぜん強そうじゃない。男前だけど、青白い顔して。こんな青白い奴が、大丈夫か? って観客に思わせてしまうような青年がね、あのピントールと、どっちがチャンピオンか分からない試合をやってのけてしまった。(中略)
ジュニアバンタムに落とせば、あるいはジュニアフェザーに階級を上げれば、いつでもチャンピオンになれるといわれていた村田は、世界のベルトを巻くことなく、リングを降りた。2度の引き分けのあと、世界戦2連敗。結局、彼はバンタム以外の王座に挑むことはなかった。
村田英次郎。無冠にして最も世界レベルに達していた日本人ボクサー。
彼がボクサーを志したのは、『あしたのジョー』の矢吹丈に憧れていたからだそうだ。減量に苦しみ、苦しみぬいた矢吹丈が戦っていた場所が、バンタム級だった。
世界チャンピオンでもない、世間の記憶からも末梢されている一人のこういうボクサーがいたことを、俺はどうしても書きとめておきたい。(後略)》
小見出しが嬉しいね。こんな気持ちで格闘技を見、漫画を描いている板垣恵介という男の存在が嬉しい。
劇画原作で一時代を築いた梶原一騎は、強さに憧れ、常に誰が最強かを少年のように追い求めて、旋風のように逝った。しかし板垣恵介には、強さへの憧れだけではなく、格闘技を通して人間としての生きざまを追求し続けて欲しい。そして、読者にも。そこにこそ武術の存在意義があるはずだから……。

『ワールド空手』2000年4月号

 

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