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エッセイ&推薦本 ― その5

バイタル柔道 文/西岡 練太郎
[投技編/寝技編]

バイタル柔道[寝技編] バイタル柔道[投技編]

岡野功・佐藤哲也著
定価各2,940円(税込)
発行=日貿出版社
TEL:03-3295-8411



 バルセロナ・オリンピックのジュウドウをイライラしながらTV観戦していた私は、ふっと岡野功氏を思い浮かべた。彼は1964年の東京オリンピックで初めて実現した柔道の中量級金メダリストだ(このときは軽・中・重・無差別級の四階級で争われ、無差別級でオランダのへーシンクに敗れた日本柔道。このときの悔しさは今でも私の脳裏に焼き付いている)。
 日本柔道は、私が強い兄に憧れて柔道を始めた頃からオリンピック競技に採用されるため、本来の柔道の姿を失いつつあった。当時は奥襟をとる組手が流行り始め、力の柔道、ゲームとしての柔道へと変化していく過渡期だった。その後、現在のようなウエイトによる階級でオリンピック種目として定着していった。その過程で嘉納治五郎先生の理想が失われてしまったようで寂しい限りだ。皮肉にも戦争のため実現しなかったが、日本で初のオリンピック開催に尽力したのが嘉納先生だった。
 肩越しに帯をとったり、襟をとられまいとして自分の襟をとる闘いなどは本来の柔道の姿とはほど遠い。兄がわが校の柔道部に稽古をつけに来たとき、オーソドックスに右手は相手の左横襟、左手は相手の右袖を瞬時にとると、強い先輩連中を次から次へと投げ飛ばしていた。しかもその体勢から瞬時に左背負いでいとも簡単に投げる姿は芸術的でさえあった。
 しかし時代は常に変化していくものだ。理想ばかりを言ってみたところで時代に取り残されてしまうだけだ。わが国の柔道の危うさの要因は大まかに言って二つある。一つは有名選手に対するえこひいき。無名選手が有名選手を投げると“一本”でも“技あり”をとってくれればいいほうで、一度名をあげると過保護にする日本柔道界の体質。もう一つはルールの問題。これは世界の柔道界での日本の発言力の弱さに起因する。元をただせば、講道館一元支配の悪弊、官僚体制に弱い日本人の気質からきている。
 今回のオリンピックを観ているとよく分かるが外国人審判の質の悪さにも閉口する。例えば古賀稔彦選手が3回戦で見せた背負い投げを一度も“一本”としてとらなかったこと。少なくとも“技あり”をとってしかるべきである。この試合、本来なら古賀は二度も勝っていることになる。
 さて、本旨に戻る。柔道の本質の認識に基づきながら逸早く時代の変化に対応したのが岡野功氏だった。1970年に私塾を設立し、単なる柔道選手の養成の場としてだけではなく、真の人間育成のための機関として、広く社会的・文化的活動と指導方針のもとに、国の内外を問わず真に柔道を愛好する青少年のために尽力している。
 その岡野氏が皇宮警察本部柔道師範の佐藤哲也氏と共に1972年に出版したのが『バイタル柔道(投技編)』だ。本書は従来の柔道教書からは発想を転換して、あくまでも実戦の分析を主眼にしたもので、当時の世界の一線級の選手(篠巻正利、関根忍、佐藤宣践、笹原冨美男、園田勇、丸木英二、松田博文、藤猪省三、川口孝夫、後藤誠一、二宮和弘、津沢寿志、上口孝文)が、それぞれの選手の場から実際的な面にポイントをおいて解説を試みた画期的な指導書である。
 さらに「本来の柔道は、現行のそれに比較すると、もっと幅のある奥行きの深いものであったはずである。投技にしろ寝技にしろ、現在のような片寄った姿で行っていては、既成の選手以上のものは出現しない。立ってよし、寝てよしの、いわば当然の柔道を目指すならば、特に寝技の研究と活用が今すぐに必要であろう」という思いから、岡野功氏が1975年に出版したのが『バイタル柔道―寝技編』だ。
 文字どおり、立ってよし、寝てよしの名声を博した著者自身の独特の寝技を、連続写真によって再現した本書は、寝技に自分なりの個性をつくり出そうとする修行者にとって、必ず良き参考になるはずである。
 以上、二書とも初版が発行されてから二十年近くたつ現在においてもなお異彩を放つ、柔道教書のバイブルと言っても過言ではない。
『バトルスピン』1992年9月号

バックナンバー

(1)バンコク・自分探しのリング
(2)太気拳と意拳
(3)レジェンド
(4)太気拳
(5)バイタル柔道[投技編/寝技編]
(6)肥田式簡易強健術
(7)実戦中国拳法・太気拳
(8)一瞬の夏

(4)太気拳 このページのトップへ (6)肥田式簡易強健術

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